福笑顔がくれた光

おばちゃんのちらし寿司で泣いた日

合同会社バンカ 代表/福笑顔のプロデューサー宮崎愛伎代

◯「お嬢様」から一転……

私は、心からの笑顔で前向きに生きていくためのヒントをお届けするべく「福笑顔のプロデューサー」として、イベントの企画・制作や「笑顔」についての講演などを行っています。

「福笑顔」というのは、笑顔の中でも最上級の「心からの感謝の種が芽生えて咲いた花のような表情」と私は考えています。

今回は、実際に笑顔に導かれてきた私の人生についてお話しします。

私は名古屋で、建設会社二代目の社長である父と専業主婦の母の元に生まれました。子どもは私のほかに妹が2人いました。

社長令嬢ということで、贅沢三昧の生活でした。小学生なのに頭にパーマをかけ、素敵な洋服を身にまとい、毎日習い事です。

母はとてもおしゃれな人で、洋服やアクセサリーはすべてオーダーメイドだったのではないかと思います。

ところがある日、父が事業に失敗し、私たちは借金取りに追い立てられる身になってしまいました。

借金取りからの嫌がらせの電話が一日中鳴り響き、着信の音が鳴るたびに心臓がバクバクして、私は半ばノイローゼになっていました。

お金がないと心も荒んでいくのか、両親は夫婦喧嘩ばかりしていて、しばらくして離婚しました。

母は熊本のおばを頼り、子どもたちを連れて逃げるように引っ越しました。今までの豊かな生活が一転、ボロアパートにテーブル1脚さえ置いていない部屋での生活が始まりました。

どん底の境遇に陥ってしまったわけですが、私はむしろ「ああ、もうあの借金取りの電話に悩まされなくていいんだ」と、ほっとした気持ちでした。

私が10歳、一番下の妹がまだ幼稚園児だった頃の出来事です。



宮崎愛伎代

合同会社バンカ 代表/福笑顔のプロデューサー

【みやざき あきよ】ナースとして勤務した後、TBSテレビでイベントプロデューサーとして活動する。その後、デザイン・プロモーション、イベント企画・制作を手掛ける「合同会社バンカ」を設立。DММオンラインサロン「ハッピーマイスター養成所」主宰。「キラキラ女性講演会2023」でグランプリ受賞。