私が体験した東日本大震災
語り部佐藤麻紀
私は東日本大震災を経験し、震災語り部として各地でお話をしています。
今回、皆さんお一人おひとりが私の体験談をお聞きになり、「私だったらこういう時どうするだろう?」と自分事として考えていただけたらと思います。
私が住んでいたのは宮城県石巻市雄勝(おがつ)町です。雄勝町は石巻市の北東に位置し、リアス式海岸の海と山に囲まれた町です。
はじめに位置関係を覚えてほしいのですが、この雄勝湾の北東のほうに私の実家と92歳の祖母が入院していた病院があります。
湾を挟んで南西のほうには自宅と二人の子どもたちが通う石巻市立雄勝小学校があり、当時私は、実家と小学校のちょうど中間地点にあるスーパーで働いていました。
2011年3月11日、東日本大震災が発生しました。
その日、私は午後からの出勤で、店内にはお客さんが一人いました。レジでちょうどその方にお金を渡そうとした瞬間、大きく揺れました。
私は咄嗟に頭上の蛍光灯の位置を確認しつつ、お客さんと一緒に揺れに耐えました。
あの揺れを例えるなら、大きな箱に小さな人形をボンッと入れて思いっきり揺らしたような、そんな体感でした。
揺れが少し収まった時、お客さんが家に帰ろうとしたので私は「お客さん、うぢさ帰んねで、山さ上がってけらいんよ! 津波くっから」とお願いしました。
雄勝町は漁業の町です。小さい頃から祖父母たちに「津波くっからな、揺れだら山さ逃げろよ!」と繰り返し教えられていたので、私はお客さんにそれを叫んでいたのでした。
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語り部
【さとう まき】宮城県石巻市雄勝町生まれ。東日本大震災で母と祖母を喪ったのをきっかけに、語り部として活動を始める。災害時に自分たちのような悲しい思いをする人がいなくなることを願い、災害発生時の行動をあらかじめ話し合うことの大切さを伝えている。現在、震災前から行っているバンド活動を継続しながら、公益社団法人「3.11メモリアルネットワーク」等にて語り部活動を行う。今回の記事は、佐藤さんが語られた体験談の前半部分を中心にまとめています。
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