十勝バス再生物語
十勝バス株式会社 代表取締役社長野村文吾
私は10年ほどサラリーマンとして働いていたのですが、1997年のある日、父が「経営するバス会社をたたむ」と言い出したので働いていた会社を辞め、翌年、父の会社に入社しました。
継ごうと思ったきっかけは、父から連絡があった日の夜に見た、「バスの運賃箱にお客様が小銭を入れる」という夢でした。
「私がこうして一人前の人間になれたのは市民のお客様の運賃のおかげだ。今までの恩を返さなければ」と思ったのです。
2003年から社長になりました。ところが社員からの反発はものすごくて、逆風にさらされた私の気持ちは萎え、腐っていきました。
そんな時、夜の街でばったり会った地元の同級生の経営者から、「お前んとこの会社、潰れそうなんだってな。町中の噂だぞ」と言われたのです。
「いやいや、社員たちが悪いんだ。自分は一生懸命、会社を立て直そうとしているけど社員たちが言うことを聞かないんだ」と私は言いました。
彼は言いました。
「だからお前はダメなんだ。お前は社員を愛していない。だからうまくいかないんだ。もっと社員を大切にしろ」と。
何度もそう言われ、そのたびに私は反発しました。
彼は、「どうすれば、お前は俺の言うことを信じてくれるんだ?」と言いました。だから私も勢いで言いました。
「あなたが土下座して頼むのなら、俺だってあなたの言うことを実行しますよ」
すると彼は、「そうか……男に二言はないぞ」と言ってその場に土下座をしようとしたので、私はあわてて制止して、「分かった、分かった。やってみるからもう手をあげてください」と言いました。
そして彼に聞きました。
「どうしてあなたは俺のことにそんなに親身になってくれるんですか? 俺がそれをしようとしまいとあなたには何の得もないのに」
すると彼は、「人としてお前が心配なだけだ」と言いました。
そんな温かい言葉をそれまで誰からも掛けられたことはありませんでした。気が付くと、私の目からぽろぽろと涙がこぼれていました。
頑なだった私の心がどうして動いたのか。利害関係の全くない、ただの同級生である彼が土下座するくらいにまで本気になってくれた。その彼の本気が私の心に届いたからでした。
こうして翌日から私は、「社員をもっと愛せ」という彼のアドバイスを実践することになりました。
朝、社員たちに、「今日から皆さんを大切にする。もう少しの間、私を見ていてくれ」と頭を下げました。
その言葉で、部下たちの態度が少し変わった気がしました。もしかすると気のせいだったかもしれませんが、私には彼らが変化したように感じられました。
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